米沢が誇る意地の芸術「原方さしこ」。その歴史は、慶長6年(1601年)に関ヶ原の合戦に敗れた上杉家が米沢へ移り、半農半士の過酷な生活を余儀なくされた「原方衆(はらかたしゅう)」となったことから始まりました。
着るものもままならない狂ったような貧しさの中で、原方衆の妻たちは布に糸を刺すことでつなぎ重ね、命を繋ぐために針を動かしました。しかし、それはただの手仕事ではありません。
どんなに困窮しても武士の誇りだけは忘れまいと、美しい文様を施した「花ぞうきん」を玄関に置き、本来の身分を思い起こさせていたと云われています。凄惨な境遇に居直り、誇りだけを支えに針を刺し続けた女性たちのプライドが、そこにはありました。
「針を懐刀にして、士族の誇りに身構えた執念の業」―。 その一針一針は、後に鷹山公が説いた「なさねば成らぬ」の精神そのものです。自らの手で尊厳を紡ぎ出す。原方さしこには、今もなお、気高い誇りを守り抜こうとした者の、凄まじい「意地」が宿っています。
武士の身分を象徴する「亀甲(きっこう)」や「松皮菱(まつかわびし)」の柄に、暮らしのモチーフを組み合わせた文様が最大の特徴です。なかでも六角形の「亀甲」は、最も形が崩れにくく、壊れない強さを持つとされます。どんな逆境にも決して屈しない不屈の精神が、一針一針に込められています。
花雑巾 近梅子の詩
花雑巾
近梅子の詩
直線縫いは威厳
三角は魔よけ
麻の葉は信仰と
五十に余る刺しの文様に
それぞれのおもいを抱かせて
四百年の歳月を
ぼろ布と共に生きてきた花雑巾
それは半農半士
刀をもつ手に鍬をにぎらされ
米の貢税に泣いた
上杉藩下級武士のその妻たちが
狂いたつような貧しさに居直って
針を懐剣にして
士族の身分に身構えた執念の業だ
そして悲しさと非難と呪符をも貼りつけ
日夜はげしく汚れた足を
拭いつけては
ひとつの踏絵にもしたという
今宵
白いもめん糸と針と一枚のぼろ布が
わたしを遠い遠いそんな妻たちにする
日本一の意地っ針
原方さしこ作家遠藤 きよ子
原方さしこ作家。米沢市で生まれ育ち、米沢織の旧家に嫁いでからは織物を学ぶ一方で、花ぞうきんなどの刺し子を手がける。
これまでに個展や国内外多くの展示会に出展し、ポーラ伝統文化財団「地域賞」をはじめとする様々な賞を受賞。
主な著書:
「花ぞうきん」「ふるさとの玉手箱」
原方さしこをさらに知る
米沢さしこの会
厳しい時代を生き抜いた武士の妻たちの誇り、原方さしこ。その流れを汲む「米沢さしこ」の技術を磨き、伝統の灯を絶やさぬよう次世代へと繋いでいるのが「米沢さしこの会」です。
刺し子に込められた知恵や文化を現代に伝え、その奥深い魅力をより多くの人へ届けることを目的としています。手仕事の温もりとともに、困難な時代に培われた精神を未来へ語り継ぐ活動を続けています。